モデルの行動――人工頭脳(AI)のアクチュアリーサイエンスへの応用 第3回

2020年5月15日

本記事は、アメリカのアクチュアリー学会(AAA)の機関紙Contingenciesの11月/12月号に掲載されている、「Model Behavior—Applications of Artificial Intelligence in Actuarial Science」という記事の翻訳である。この記事は3回に分けての配信予定であり、今回はその第3回である。

近年、アクチュアリーの間では、アクチュアリーサイエンスにおける人工頭脳(AI)の応用が話題になる機会が増えている。この記事では、具体的な応用事例を示しており、今後多くのアクチュアリー実務者が自ら応用分野を拡大していくことを推奨している。その意味で、非常に参考になる論文といえる。我が国のアクチュアリーも十分な研究をする必要があると考えられる。以下、「」内は引用。

「アクチュアリーサイエンスにおけるAIへの応用に関する一般原則
これらはアクチュアリーサイエンスにおけるAIへの応用の具体例ですが、AIを使用することでより良い解決策が得られる、アクチュアリーの問題をより広範に一般化したい。これは包括的ではないが、アクチュアリーサイエンスにおいてAIの最も効果的な利用法の1つは、「外れ値」の事象をよく理解し予測することであると私は信じる。 統計上の外れ値の事象は、一般に平均値から標準偏差の一定数の外に出てしまった結果を指すが(アクチュアリーサイエンスではテイル事象とも呼ばれる)、AIを応用する目的で私独自の定義を作りたいと思う。外れ値の事象の私の定義は、アクチュアリーで確率的に起こることの通常の進行に必ずしも従わない、重大な財政的結果を伴う異常な事象を指す。それは異常で、何が異常を引き起こしているかをよく把握することで、これらの事象とその経済的結果の予測を改善できる。

いくつかの例を挙げて説明する。

早期の生命保険金請求を予測するAIの応用
1つ目は十分な査定のもとに引き受けられた早期の生命保険金請求(発行から5年以内の請求など)である。健康であると判断された被保険者が5年以内に死ぬようなことが起こるのは確かに通常ではない。これは新たに引き受けられた被保険者で想定される極めて低い選択死亡率からの完全な逸脱である。そして、こういった早期の請求は数百万ドルに達する可能性がある。これは生命保険会社にとって最悪の悪夢である。なぜなら請求とかかった費用を補填するのに十分な保険料が集められなかったからである。ではこれらの早期の請求をよく理解し予測するために、AIをどのように応用できるであろうか?

逆選択を除いて、この異常なことが起こる唯一の理由は、これらが不慮の死である。通常は、生命保険契約引受では自動車保険会社が日常的に行っている不慮の死亡の可能性を引き受けない。私の部署では、問題が発生した時の保険契約者のリスク点数(生命保険に自動車保険の引受を加えたもの)の組み合わせに基づいて、早期の選択死亡率を調整するために生命保険と自動車保険の引受情報の両方を組み込んで、強化された早期の保険金請求モデルを開発している。予測を改善する技術あるいはアルゴリズムとしてのAgrawal博士のAIの定義に従った、この強化された早期の保険金請求モデルはAIの応用例である。組み合わされたリスク点数のモデルは、不慮の死亡に関連した一定のパターンが現れるかどうかを見るために、実際の早期の保険金請求の特性を詳細に調べることで調整できる。早期の保険金請求の始まりを検出するための生命保険契約者のこの強化された審査は、生命保険会社にとって重要な財政的意味を持つであろう。

早期の保険金請求を予測するためのAIの応用の概念図を図3に示した。

連生保険の請求を予測するAIの応用
AIの応用の2つ目の例は、連生保険の請求を予測することである。これら連生保険の契約には、次のような特徴がある。

・額が大きい
・両方の保険契約者が高齢であり、少なくとも1人が生命保険をかけられるという引受要件がある
・連生保険の契約者は最初の死亡が発生したときに保険会社に通知する必要がないため、支払準備金と請求予測は少なくとも1人が生きている場合に請求が発生するという条件付き確率を使用する

1人だけが生きているかあるいは両方が生きているかわからない場合に連生保険の請求を予測する際の問題の1つは、両方共が生きている場合の個々の死亡と、配偶者が亡くなった場合の個々の死亡率を区別できないことである。保険会社が正確に1人が生きていることを認識していたとしても、個々の死亡の推定には、生きている被保険者の年齢や、配偶者が亡くなるまでに結婚していた期間、自宅や近くに住んでいる子供の生存などの様々な要因によって決まってくる。ここがAIが効果的な所である。ただ1人が生きている状態の、連生保険の保有契約を洗い出すのに、保険会社は社会保障の死亡登録を調査することができる。また生存している配偶者について、保険会社は最初の人の死が生存者に与える影響を評価するためにオンライン調査を実施することができる。調査の質問は生存者に与える最初の死の感情的な影響を評価するために作られており、0から100の範囲で感情的な幸福の指数に凝縮される。これをQi指数と呼ぶ。Qi指数が高いほど、配偶者の死亡後の生活に生存者は適応している。その後、連生保険の契約者からの請求を予測しやすく、生存している配偶者の将来の死亡率を調整するためにQi指数は使用される。

生存している配偶者の死亡率の予測は、テイル事象である;生存者の将来の死亡率を調整するためのQi指数を作ることは、我々の予測を改善するためのAIの応用である。この手法が保険会社によって実施されるとしたら、生存している配偶者が困窮に対処するのを助けるために保険会社は、カウンセリングと関連サービスを提供する福利厚生と組み合わせることができる。それにより保険会社を競合他社と差別化することに加えて、生存している配偶者の余命を延ばし、保険会社は生存している保険契約者と継続的な関係を築くことができる。

連生保険の請求を予測するためのAIの応用の概念図を図4に示した。

結論
我々は現在、膨大な情報源を使用してデータ分析と意思決定の新しい世界で事業を展開している。保険数理の専門家としては、予測を改善するためのAIの応用は、保険数理モデリングの枠組み内で行う必要がある。これは一般的に性質上長期的なものであり、保険数理の前提条件の見積もりに焦点を当てているためである。

予測を改善するために分析ツールとモデリング技術の全てを組み合わせてのAIの広い意味での定義を使用することで、アクチュアリーサイエンスにおけるAIの最適な応用は、標準的な保険数理の前提条件では予測することが困難な「テイル事象」か異常な事象から生じると信じる。この記事ではアクチュアリーサイエンスにおけるいくつかのAIの応用例を紹介している;この記事が読者に、行っている業務に基づいて読者自身の応用を思い付くよう刺激することを願っている。

アクチュアリーは、保険・金融サービス業界における意思決定のプロセスを改善するために、効果的にデータ分析とAI技術を応用するための事業やリスク管理の知識を持っている唯一の専門家であると私は信じている。しかしアクチュアリーサイエンスにおいてAIを応用することは、他のdisciplinesのように単純ではない。そしてこの記事が、私たちの職業をテクノロジーとAIの世界に向けて前進させるためにどれだけ良いポジションに位置づけられているか認識して他のアクチュアリーを刺激することを願っている。

 JAY VADIVELOO, MAAA, FSA, the Janet & Mark L. Goldenson 保険数理研究センターディレクター、コネチカット大学

次回は、「Reinvent in the Age of AI(人工頭脳の時代における再発明)」を配信予定である。

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