リスクニュートラル評価のよくある誤解 第3回

2020年1月7日

本記事は、Society of Actuariesの雑誌The Financial Reporterに記載されている記事「Common Misunderstandings of Risk-neutral Valuation 」の翻訳である。この記事は3回に分けての配信予定であり、今回はその第3回である。
 
近年、アクチュアリーの間では、市場整合的エンベディッド・バリュー(MCEV)や国際財務報告基準17号などで、リスク中立評価が使用される場面が多くなっているが、
その理論的根拠を十分に理解されずに実務で使用されるていることがあるようである。本記事においては、そのような誤った理解への警告を発しており、我が国のアクチュアリーも十分な注意をする必要があると考えられる。以下、「」内は引用
 
誤解5:リスクの市場価格は誰にとっても同じ
 
 リスク中立評価の背後にある理論の重要な側面の1つは、リスクの市場価格が単一の数字であり、誰にとっても同じであるということである。リスク中立シナリオのキャリブレーションはリスクの市場価格を定量化しないが、将来の金利の予想経路とボラティリティを通じて、暗黙的に市場価格を構築している。
 
 リアルワールドの市場整合的な評価では、リスクの市場価格を指定する必要がある。多くの場合、それはリスクの市場価格を資本コストと等しくすることによって行われる。リアルワールドでは、資本コストは誰にとっても同じではないことを私たちは知っている。
 
 リスクの市場価格が誰にとっても同じではないという事実は、保険事業の存在そのものの根幹である。このことを理解することで、保険契約の市場整合的な評価のための適切な割引率の決定に関する議論への洞察が得られる。
 
 リスクの価格については、当事者間の違いは無視できないものになり得る。リスクの価格を、リスクイベントが発生した後に全体として必要な金額を確保するためのコスト、すなわち、潜在的な損失に対する支払いを行えるような金額を確保するためのコストとして定義しよう。家を所有している家族を考えよう。家族は、火災やその他の災害による家屋の破壊のリスクを負わなければならない。リスク分担がない場合、損失が発生した際に家族が家を復元できるようにするために確保しなければならない金額は、家の全価値に潜在的な仮設住宅の費用を加えた額である。リスク分担がない場合、それがリスクを負担する価格である。
 
 保険の場合、そのリスクを負担するコストは、わずかな年間のホームオーナーズ保険の保険料の規模にまで大幅に削減できる。というのも、その額が、家族の家が破壊された場合に家を建て替えるの必要なお金を使えるようにするために必要となるすべてであるからである。保険会社はリスク分担を利用するため、保険会社にとってのリスクのコストは家族にとってよりもはるかに低くなる。
 
 基本的に、保険会社の財務目的は、リスクのプーリングと多様化を通じて保険リスクの市場価格を下げることである。保険会社は、これを達成するために、規模を拡大し(リスクプーリングの増加)、多様化を進める(リスクの相関関係の減少)よう動機付けられている。これらの活動の結果、保険会社のリスクの価格は低下する。保険会社は、より低い生産コストに相当する額でリスク保護を提供できるため、低価格で販売できる。
 
(リスクの市場価格が誰にとっても同じではないという事実は、保険事業の存在そのものの根幹である。)
 
 これは保険リスクだけでなく、債券のデフォルトなどの投資リスクにも適用される。他のリスクとのプーリングおよび多様化があるからこそ、リスクの価格は保険会社にとって引き下げられる。これは、保険会社のリスクの価格を控除した後の保険会社にとっての予想純投資収益率が、いわゆるリスクフリーレートよりも高いことを意味する。
 
 前段落は一部の経済学者やアクチュアリーにとって異説であることを私は理解している。しかし、考えてみると、ここで作用している概念は、製品の生産コストを下げる技術の導入が市場価格の低下につながることを示唆しているのと同じものである。
 
 この異説を続けるために、保険商品の価格設定を通じて保険会社が投資収益を顧客に引き渡すというアイディアを考えてほしい。簡単な例は、終身所得保障年金の価格設定である。保険会社は通常、デフォルトのある債券によるポートフォリオに投資することで年金を支えている。デフォルトリスクを負担するための低コストは、リスクフリーレートよりも高い純投資リターンで価格設定することによって、競争市場に引き継がれる。これは、彼らの期待投資収益率(すなわちデフォルトの純額、費用、および資本コストの純額)がリスクフリーレートと比べて非常に大きいためである。(読者への課題:計算しよう。18ページのサイドバーを参照。)リスクフリーレートを超過する部分を流動性のための調整、マッチング調整、あるいは他の何かと呼ぶが、それは部分的にはプーリングと多様化によってもたらされているはずで、流動性のみによってもたらされているわけではない。
 
 私は、リスク中立評価が市場整合的であるためには、流動性の調整またはマッチング調整が必要であると考えている。これは、実際の市場価格の観察に基づいている。これに反論する人々は、終身所得保障年金はしばしば保険会社によって誤った価格設定にされていると主張する。つまり、投資収益率の想定がリスクフリーレートを上回っているために、市場価格が低すぎる、と。その議論は科学的な手法に違反しているとわかる。科学では、理論に基づく予測よりも観測が優先される。そうした投資収益率の仮定のために年金は誤った価格設定にされていると主張する人々は、実際の市場価格の観察よりも理論上の予測を優先している。
 
 
 
結論
 近年、会計基準が市場整合的な評価を使用する方向に向かうにつれて、評価に対するリスク中立アプローチが注目されてきている。 現在、新しい会計基準への準拠に関して、保険数理基準が起草されている。 これらの基準を起草する際には、市場整合的な評価のためにはリスク中立アプローチが必要であると提案する人もいた。本記事では、こうした議論で登場したリスク中立アプローチに関するいくつかの誤解に焦点を当てた。より深く理解することで、問題の複雑さを反映し、必要に応じて代替方法や専門家の判断を許容するような基準となっていくことを望んでいる。
 
著者
Stephen J. Strommen
FSA, CERA, MAAA
独立会計士、Blufftop LLC. 代表
連絡先: stevestrommen@blufftop.com.
 
 
 
数学的計算の導入
 
 保険会社による終身支払い年金の評価のための市場整合的な割引率はいくらか? リスクフリーレートと比較してどうであるか?
 
 保険会社がAグレードの社債に投資すると仮定する。 簡単のため、10Aグレード社債のネットスプレッドを調べよう。
 
総信用スプレッド:133 bps (出典:VM-20評価用のNAICテーブル)
 
マイナス:
予想されるデフォルト:18 bps (出典:VM-20評価用のNAICテーブル)
投資費用:10 bps
資本コスト:48 bps (資本要件8×資本コスト6%)
 
 これらの仮定に基づき、市場整合的評価では、リスクフリーレートに対する57ベーシスポイントスプレッドを含む割引率を使用する。 保険会社が年金の予想キャッシュフローに合わせて一連の債券を購入すると仮定すると、イールドカーブの異なるポイントでのネットスプレッドの重み付けを計算に反映する必要があるため、これは少し単純化しすぎている。 また、資本コストは判断を伴う推定値である。 にもかかわらず、保険会社の資本コストの合理的な見積りは市場の信用スプレッドよりもはるかに小さいため、リスクフリーレートに対する市場一貫したスプレッドは重要である。
 
次回は、アメリカのアクチュアリー学会(AAA)の機関紙Contingencies11/12月号に掲載されているModel Behavior—Applications of Artificial Intelligence in Actuarial Science」を配信予定である。
 
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