リスクニュートラル評価のよくある誤解 第1回
2019年10月8日
本記事は、Society of Actuariesの雑誌The Financial Reporterに記載されている記事「Common Misunderstandings of Risk-neutral Valuation 」の翻訳である。この記事は3回に分けての配信予定である。
近年、アクチュアリーの間では、市場整合的エンベディッド・バリュー(MCEV)や国際財務報告基準17号などで、リスク中立評価が使用される場面が多くなっているが、
その理論的根拠を十分に理解されずに実務で使用されるていることがあるようである。本記事においては、そのような誤った理解への警告を発しており、我が国のアクチュアリーも十分な注意をする必要があると考えられる。以下、「」内は引用。
「Stephen J. Strommen著 リスクニュートラル評価のよくある誤解
近年の保険契約会計の発展において、その傑出したアイデアの1つは、資産と負債の市場価値の変化による純損益の即時認識である。このアイデアの実現には、単に投資資産だけではなく、保険負債の市場価値の決定も必要となる。しかし、ほとんどの投資資産が市場で取引される一方、ほとんんどの保険契約は市場で取引されておらず、その市場価値を得る簡易な方法は存在しない。その中で、市場整合的評価の考え方はこのニーズを満たすための力を秘めており、市場整合的評価に対する広く認識されたアプローチとして、確率論的なリスク中立評価が登場した。
だが、私は新しい会計基準の議論に関与するアクチュアリーとして、(経験豊富で著名な財務報告アクチュアリーや規制当局の間でさえ、)リスク中立評価に関するいくつかの誤解に遭遇した。この記事では、これらの誤解のいくつかに焦点を当て、この分野での議論をより科学的基礎に基づいたものにすることを目指す。
確率論的なリスク中立評価に関する以下の基本事項は、広く理解されている。
1. 貨幣の時間価値は、短期(単一期間)のデフォルトの無い金利(「短期のリスクフリーレート」)によって特徴づけられる。
2. 短期金利の将来の経路は不確実であり、ランダムウォーク(酔歩)またはその他の確率過程によって特徴づけられる。
3. リスク中立な確率論的評価では、ランダムウォークまたは短期金利の将来経路を支配する確率過程、次のように調整される。
a. 短期金利の予想経路または中心経路は、観察されたリスクフリーなイールドカーブのフォワード・レートの経路である。そして
b. ボラティリティは、オプションおよびその他のデリバティブの市場価格が複製されるよう定まる。
リスク中立な確率論的評価の数学的正当化は複雑である。そして、多くのアクチュアリーが上記3つのポイントを理解しているが、それらの意味合いに関して、私はしばしば次のような誤解に遭遇した。
誤解1:将来の短期金利の市場予測は、観測されたリスクフリーなイールドカーブのフォワード・レートの経路に等しい
上記のポイント3.a.では、短期金利の予想経路がリスクフリーなイールドカーブのフォワード・レートの経路と等しくなるように、リスク中立シナリオが調整されていると述べている。したがって、将来の短期金利のリスク中立の予測は、観察されたリスクフリーなイールドカーブのフォワード・レートの経路と等しいことは事実である。しかし、市場予測はリスク中立の予測と同じではない。将来のイベントの確率分布とその期待値は、リアルワールドとリスク中立世界とで異なる。リアルワールドの分布はP測度と呼ばれ、リスク中立分布はQ測度と呼ばれる。P測度の下での予想経路は、Q測度の下での予想経路とは異なる。
誤解2:短期のリスクフリーレートの予想経路は、リスク中立シナリオよりもリアルワールドのシナリオにおいての方が高い
実際は、短期のリスクフリーレートの予想される将来経路は、リスク中立シナリオよりも、適切に調整されたリアルワールドのシナリオにおいての方が低くなる。
この誤解は、リスク中立シナリオがシミュレーションに使われる際の株式投資のシミュレーション方法が原因で、発生する可能性がある。リスク中立なシミュレーションでは株式のリターンの分布は、(たとえ現実には、平均すると株式はリスクプレミアムを含む、より高いリターンを獲得するとしても、)短期のリスクフリーレートに集中している。基本的に、株式投資からのキャッシュフロー予測は、リアルワールドシミュレーションよりもリスク中立シミュレーションにおいて低くなる。
なお、確定利付証券は株式とは異なる方法で処理される。キャッシュフローが固定されているため、異なる必要があるのはキャッシュフローの割引である。
割引が異なる理由を理解するためには、「リスクフリー」なイールドカーブの性質を理解しなければならない。リスクフリーであるのは短期金利のみである。すべての長期金利には、金利が変化し得る環境での金利のロックインを含んでいる。金利が上昇し、市場価値が失われる可能性があるため、ロックインは投資家にとってリスクである。そのリスクには価格があり、タームプレミアムの形でリスクフリーなイールドカーブに含まれている。リスクプレミアムの一形態であるタームプレミアムの存在により、通常、長期のリスクフリーレートは短期のリスクフリーレートよりも高くなる。
リスクフリーなイールドカーブにはタームプレミアムが含まれるため、そのカーブのフォワード・レートにもタームプレミアムが含まれる。短期金利の経路に対する市場予測を得るには、これらのタームプレミアムを取り除かなければなない。短期金利の予測を得るためにタームプレミアムが長期のフォワード・レートから取り除かれるため、短期金利の将来経路に対する市場予測は、リスクフリーなイールドカーブにおけるフォワード・レートの経路より低くなる。
タームプレミアムは重要ではない。例えば、NAIC(全米保険監督官協会)がVM-20(標準責任準備金評価マニュアル)評価での使用を義務付けているリアルワールドの確率論的金利ジェネレーターには、20年金利の平均タームプレミアムを1年金利のそれよりも100ベーシスポイント高く設定するパラメータがある。
タームプレミアムは、評価日からの時間の長さによって増加する。シナリオが長いほど、リスク中立シナリオとリアルワールドのシナリオの経路の差異は大きくなる。これは、長期の保険契約にリスク中立評価を使用する際の重要な考慮事項である。投資の世界においては、リスク中立的なアプローチは、リアルワールドシナリオとリスク中立シナリオの経路の差がはるかに小さい、比較的短期のデリバティブ証券の評価に主に使用される。リスク中立的アプローチを、はるかに長期の契約に拡張することは、線形回帰の結果を、回帰の調整に使用される標本のはるか外側の点に拡張することに少し似ている。これは、観察可能なイールドカーブの終点を超えて続く契約に、リスク中立評価を拡張する場合に特に当てはまる。」
次回は、同記事「Common Misunderstandings of Risk-neutral Valuation 」の第2回を配信予定である。
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